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January 29, 2005

家でも練習をしたい

 初レッスン以来、毎日のように練習場に通って練習をしている。「レッスンを受ける前に汗をだらだら流して、手の皮がぼろぼろになりながら打っていた日々はなんだったんだろう?」と思うほどに、1回だけのレッスンでボールがしっかりと打てるようになっている。レッスンを受ける前にも私が打っているところを見ていたことがあったかみさんも、「これまでとは全く違うね。ちゃんとゴルフをしているようにみえる」といっていた。やはりレッスンを受けて良かったと思う。とはいえ、まだまだ習い始めたばかり、毎回ナイスショットとはいかない....。まだまだ練習が必要である。

 こうして練習場に毎日通っているのであるが、これだけではまだゴルフをやりたりない。なんとか家でもゴルフの練習をしたい。2DKのアパート暮らしの我が家では、ショットの練習はとても無理である。ふと、キャディーバッグに目をやると、パターが目に入った。「これだ。パターなら家でも練習ができる」。こう思ったら行動に移すのが早かった。かみさんが車に乗っていってしまったので、自転車で近所の二木ゴルフに向かった。自転車で15分ほどのところにある。途中坂を上らなければならないのでちょっと面倒であるが、少しでも早くパターの練習を家でもできるようにしたいという気持ちの方が勝った。

 店に着くと早速練習用具のコーナーへと向かった。パターの練習用マットといってもいろいろあるものだ。このなかから私が選んだのはアンジュレーションマットというやつである。
putmat
 このマットはグリーンにあるアンジュレーションを再現することができるので、より実戦に近い練習ができると考えてこれを選んだ。まっすぐ打って、ストロークの練習をする時には、角度を付けないで使えば良いし、アンジュレーションを使って練習する時には、自分の練習したい方向に角度を付けることができる。とても便利である。これで家でもゴルフの練習ができるので大満足である。
putmatathome

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January 22, 2005

レッスン初日

 2004年9月14日、待ちに待ったレッスン初日である。仕事に向かう電車のなかでも仕事中でもレッスンのことで頭がいっぱいであった。そして仕事が終わり急いで帰宅、夕食を食べ、レッスンの時間を待つ。もういてもたってもいられない。なんとなくスイングの練習をしてみたり、部屋のなかをうろうろしたりして、家を出る時を待つ。レッスン開始の30分前、やっと出発の時である。練習場に到着したのは、レッスン開始の15分ほど前であった。家内はクラブを持っていないので、受付でピッチングと7番、それとドライバーを借りてから、レッスンの行なわれる3階へと向かった。ずいぶんと年代ものに感じられる古ぼけたクラブであった。ドライバーのヘッドも小さく3番ウッドという感じである。

 どんなプロが現れるのかドキドキしながら待っていると、レッスン開始5分前になりプロがやってきた。年輩の男性のプロであった。まあ、受付の横に写真が飾ってあり見たことはあったので、「あっ、写真の人だ」という感想だった。まずは、準備体操からレッスンはスタートした。とにかくストレッチをすることが大事なんだそうである。アイアンを両手で持ったまま上に上げ、そのまま後ろへとそらせていく。そのまま手を下ろすことができれば最高なんだそうだが、それは無理だった。続いてクラブを両手で上にあげたまま身体を横に倒す運動、クラブを両手で持ったまま、今度は前後屈の前に行くだけの運動と続く。手と頭をダランと下に垂れ下がらせるので、結構腰にくる。本当に身体が硬いなあと実感する。身体の柔軟性が重要ということなのでストレッチを頑張らなければならないと感じた。

 そしてアキレス腱を伸ばして、足首を回してストレッチは終了、ここからいよいよゴルフに直結する運動へと入っていく。クラブのシャフトを首の後ろに当て、両端を手で持ったまま、下半身だけを使ったスイングの練習である。「ゴルフは下半身の動きが重要なんです」といわれ、プロのやっているのをしっかりと見ながらマネをしてみる。でも、上半身が先に回ってしまったり、フィニッシュでふらついてしまったりとなかなか上手くいかず、いろいろアドバイスをしてもらいながらやっと形になってきたみたいであった。この運動は、レッスン以外の日に練習をする時にもやった方がいいと感じ、レッスン終了後もプロに詳しく教えてもらった。今でも、この運動は、練習の時や、ラウンドする前に欠かさず行なっている。また、スイングで迷った時にもこの運動に戻るようにしている。スイングが乱れてきたと感じてこの運動で下半身の使い方を確認するとその後のショットが良くなるのである。この運動は、レッスン初日の最も大きな収穫だったと言って良いだろう。

 これで全ての準備運動が終了し、いよいよ実際に打つときがきた。「まずは、ピッチングで打ってみてください」といわれ、ピッチングを準備する。その時プロがかみさんの借りてきたクラブをみて、「これではなく、ご主人のクラブを使って下さい。うーん、ご主人はサンドウェッジを使ってください」というので、私はサンドウェッジに持ち替え、かみさんにピッチングを渡した。そしてプロに、「今回初めてなので、クラブの握り方を含めて基本から習いたいんです」と伝えると、「分かりました。では、全部基本からしっかりとやりましょう」と快く引き受けてくれた。

 まずはクラブの握り方であるが、これまでの握り方ではまったくダメだったということが分かった。これまでの持ち方では、「スライスに飛ぶような握り方をしています」ということで早速正しいスクエアな握り方を教えてもらう。続いてスタンスの取り方である、クラブ4本をそれぞれ飛球線、それと平行になる足の位置、それから左足、右足の位置に置いてもらい、そこに立ってみてスタンスのイメージを掴む。アイアンの場合は、左足のかかと内側の延長線とボールとの間にボールがもう1個入るように立つ。ドライバーの場合は、左足のかかと内側の延長線のすぐ内側にボールを置く。これまでは、そんなことも知らず適当に立って打っていただけであった。「ゴルフはセンチメートルのスポーツなので、こういった微妙な位置関係が違うだけでミスショットにつながります」と言われ、「なるほどねえ。こういったことを知らないままいくら打っても上手くならないわけだ」と納得した。

 そして下に並んでいたクラブがはずされ、実際にボールを打つ練習である。「今日は、手のことは気にしないで打って下さい。自分の上げやすいところにできるだけ高くあげるだけでいいです。重要なことは下半身を使えるようになることです」と言われる。準備運動を思い出して下半身を使って打てるようにするのが今日の課題となる。そのなかでも特に重要なことはフィニッシュをしっかりととれるようにすることであった。「まずは大枠をしっかりと作ります。それができたら中身に入っていきます」といわれ、それに納得して練習を始めた。

 手の使い方についてはまったく習わないままに練習が始まると、私はこれまでにもクラブを振ったことがあるので、それなりにはボールに当たっていたが、クラブを振ったことがないかみさんはとても苦戦をしていた。手の使い方がまったく分からないので、クラブを振ってもボールに全然当たらない。たまに当たってもトップばかりなのである。でも、プロから「今は、ボールに当てることはあまり気にしないで、とにかく下半身を使えるようにして下さい。それとフィニッシュをしっかりととれるようにしてください」といわれ一生懸命練習をしていた。しかし、この手を習わないで下半身の練習だけでしばらく耐えていたことが後にとてもいい影響をかみさんのスイングにもたらすことになるのである。これと対称的に手を使って「打ててしまった」私は、かみさんのスイングが良くなってきた頃には、手打ちに悩まされることになる。そして「下手に自己流でやらないで最初にプロに習った方が良い」ということを痛感することになるのであった。

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January 16, 2005

一大決意『ゴルフスクールに通う』

 新しいクラブを使って週末はゴルフの練習。ここ最近は、230ヤードの練習場に通っている。1時間1,500円で3階からの打ち放題。毎回終わるたびに手はボロボロである。とりあえずこれまではあまりちゃんとゴルフのスイングについて習ったり、勉強したことがなかったので、スイングの特集をしていた雑誌を持参しての練習である。雑誌の説明を読んでは打ってみる。でも、上手くいかない。そこでもう1回読んでみる。でも、時間制限があるのでなかなか集中して読めない。結局大した成果もなく、手の皮がむけるだけで練習終了。

 それでもいいショットが続くときもあり、この感触が忘れらずにまた翌週の練習を迎える。この間、かみさんにもゴルフを始めさせようと何度か練習場に連れて行くが、飽きてしまい、隣にあるスーパーに買い物に行ってしまう。まあ、ちゃんと打つことができない旦那に習っても、打てるわけもなくおもしろいはずがない。気持ちは分かるので、仕方がないとあきらめる。

 ある日、受付の横にあるゴルフスクールの案内にかみさんが目をとめていた。「ねえ、ちゃんとスクールに入ってレッスン受けるんなら私もやってもいいよ」とのこと。思ってもみなかった突然の一言である。心の中で「やったあ」と大喜びである。そこで早速受け付けで、スクールの詳細を聞き、案内をもらって帰る。1回90分のレッスンで10回前払いで28,000円。1回当たり2,800円である。「それほど高くはないなあ」と思った。普段の打ち放題が60分で1,500円だから1,300円のプラスで30分多く打てる上にプロからのレッスンも受けられるわけだからたいして高くはない。

 この時は、「スクールに入るのはおまえだけな。俺は週末打ち放題で練習するよ」といっていた。なんとくなくいまさらゴルフを習うのに抵抗があったのである。しかし、日がたつにつれて、「このままやっていて果たして上手くなれるのかなあ。もともとゴルフを誰かにちゃんと習ったこともないし、やっぱり習った方が良さそうだよなあ」と思うようになっていった。そこでかみさんに相談してみると、「うん、私もそうした方がいいと思う。このまま一人で練習するのはお金の無駄だよ。絶対に習った方がいい」というので、私も「スクールに入ろう」と決意する。

 決意したら行動が早かった。この日はもう21時を過ぎていたが、練習場へと申し込みに向かった。2004年9月8日のことである。受付で聞くと、土、日の午前中以外は空いているとのことであった。最初は土日のレッスンと思っていたが、土日はレッスン代が若干高くなる上に午後のレッスンしか空いていなかったので、他のことがやりにくくなると思いやめる。平日は、19:30からのレッスンと21:20からのレッスンである。19:30からのレッスンは、残業になると間に合わない可能性があるので、21:20からのレッスンにする。曜日はなんとなく火曜日に決定、かみさんも一緒である。初回のレッスンは、次週の火曜日からである。ゴルフが上手くなっている自分を想像しながらわくわくしてスクールの開始日を待つことになる。夫婦でゴルフを始められるようになったこともとても嬉しかった。

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January 12, 2005

新しいクラブ

 前回のラウンドが終わってからゴルフのおもしろさにはまりこんでしまい、毎週末クラブを持って練習場に通っていた。おかげで、あまり上達はしないものの手の皮だけはボロボロになっていく。豆がたくさんできて痛いが、テーピングをして練習に励む日々が続く。

 そんなある日実家に帰るとゴルフ好きの伯父と伯母が遊びに来ていた。そこで自然と会話はゴルフの話題へ。「そお、そんなにゴルフにはまってるんだ」、「ゴルフ好き?ああ、そうじゃあ上手くなるよ」と話のテンポが上がっていく。そしてなんと、「そうそう、使ってないんだけどいいクラブがあるからあげるよ」とのこと。もう大喜びである。「えっ、いいんですか?」というと「使ってくれるんなら、是非」とのことだったので、遠慮無く頂くことにする。

 楽しみにクラブの到着を待ちながら練習の日々を送っていた。この日からちょうど2週間後ぐらいに再び実家に帰るとちょうど母宛に伯母から電話が、「クラブを送りたいのだが、住所を無くしてしまったので教えて欲しい」とのことであった。母から電話を替わり、お礼をいうとともに住所を伝える。到着は2日後の予定。もう待ちきれない。

 クラブが到着したらメールをくれるようにかみさんに頼んで仕事をする日が2日続き、予定の2日目についにクラブ到着のメール。このメールをみてからは仕事どころではない。とにかく早く帰りたかった。ついに定時を迎えると急いで帰り支度を整え帰宅の途につく。帰りながらも家内に電話をし、どんなクラブが届いたのかを聞いてみる。「うーん、よく分からないけど、10本ぐらいパターが入ってるよ」との返事。「パター10本?」と思いながらも、「まあ、ゴルフをやらないあいつには分からなくても仕方がないか」と思いながら電話を切る。結局どんなクラブが届いたのかが分からず、ますます早くみたい。職場から30分ほどで家に着くが、とにかくこの日ばかりは楽しみで楽しみでとても長い道のりに感じられた。

 家に帰ると玄関に黒いキャディバッグがあった。早速中を明けてみるとキャロウェイのクラブが一式入っていた。ビッグバーサのドライバー、3番ウッドと7番ウッド、それにX-12アイアンである。それからパターが1本入っていたがどこのパターかは分からなかった。ちなみにかみさんがパターと勘違いしていたのはアイアンのことであった。「鉄でできているやつをパターっていうんじゃないの?」とのことである。まあ、良い。とにかく、うれしかった。早速、伯母にお礼の電話をしてみると、「パターは、余っていたのを適当に入れただけなので処分してこれまで使ってきたのを使って」とのことであった。「なるほど、だから良くわからないパターが入っていたのか」と思った。

 「早速打ってみたい」。というわけで、すぐさま着替えて練習場に向かう。クラブが変われば自分の腕も良くなるのではないかという妄想を抱いて、いつもの80ヤードほどの練習場ではなく、230ヤードある練習場へと向かった。まずはアイアンから打ってみる。いきなりのナイスショット。これでもう新しいクラブへやみつきである。しかし、それ以降は、これまでとあまり変わらない。ダフッたりトップしたりである。よくよく考えてみれば当たり前のことである。多少は自分に合って打ちやすいということはあるかもしれないが、クラブが変わったぐらいで劇的に腕が良くなるわけがない。でも、最初のナイスショットが自分にとってはとても良い印象でこれからはこのアイアンを使ってみようと思った。でも、心のどこかでは「これまで使ってきたアイアンも苦しみをともに戦ってきたし、使わなくなるのは忍びないなあ」と感じていた。結局しばらくの間両方のクラブが狭い我が家を占拠することとなる。

 ドライバーも早速打ってみたが、ドライバーはあまり上手く打てないので、もともともっているものとどっちがいいかは分からずじまい。しばらくの間ドライバーを2本キャディーバッグに入れている状態が続く。続いてフェアウェイウッドを打ってみる。生まれて初めて打ってみた。打ってみたと言うよりは空振りとトップである。まともに打てたものではない。「これはしばらく封印」と思ってキャディーバッグの飾り物となる日が続くのである。

 この新しいクラブの入手がきっかけとなり、私の新たなゴルフライフがスタートするのであった。

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January 09, 2005

ピートダイゴルフクラブ ロイヤルコース・・・ラウンド4回目

 2004年8月、いよいよ久しぶりのラウンドである。当日は4:00に起きなければならないので、前日は21:00に就寝する。ところが、23:00頃に目が覚めてしまい、ここからなかなか眠りにつけない。なんとなく眠くないのと同時に、次の日のラウンドのことを考えはじめてしまいますます眠れなくなってしまった。結局、眠りについたのは3:00頃のことであった。「慣れないのに突然早寝するのも考えものだな」と感じながら、朝を迎えた。

 先輩の車に乗せてもらい無事にピートダイゴルフクラブロイヤルコースiconに到着する。道も空いており、1時間30分前の到着であった。クラブハウスの外観、内観ともにとてもきれいで、VIPになった気がしてわくわくしてしまった。着替えをしてロビーに向かうと、仲の良い人達がたばこを吸っていたので、そこでしばし談笑する。

 その後、パターの練習用グリーンに向かいパター練習を開始。上手い人達に少し教えてもらいながらの練習であった。練習だと思っていて気楽に打てるせいかなかなかよいタッチである。「うん、今日は少し期待できそうだ」と思いながら練習していると開会式の時間となった。開会式は、注意事項などのアナウンスがあり、10分ほどで終了。いよいよスタート待ちである。カートに行くと一緒に回る人達が集まっていたので、お互いに挨拶を交わす。そして、そのなかの一人がマジックでボールに何か印をつけていた。聞いてみると「矢印を書いているんだ。これを目標に向けるようにすると立つ方向を間違わないからね」とのことである。「なるほどね」と思っていると「書いてあげるよ」と言って私のボール3つほどにも印を付けてくれた。最近、ターゲットポイント付きのボールというのが売られているが、これと同じ原理である。

 そうこうしているうちに我々のスタートである。私のティーショットは2番目であった。「1番目、4番目だととくに緊張しそうだなあ」と思っていたので、まあまあの順番である。練習を思い出して素振りをしてみる。なかなか良い感じである。アドレスに入って、スイング。カキーン、とてもいい音がしてまっすぐにボールが飛んでいった。「ナイスショット」、周りの人達の歓声が聞こえた。「やったぁ」、大喜びだ。練習の成果が発揮できてとても嬉しかった。「今までの地をはうようなショットとはもう卒業」とまで思った。

 しかし.....、ゴルフはそんなに簡単ではない。2打目からは再びこれまでのゴルフへと逆戻りであった。これ以降はトップとダフリの繰り返しである。それをみていた人から天の声が聞こえてくる。「トップしたらトップを避けようとして、ボールに近づいて打つから次はダフルんだよ。で、ダフルと怖くなって手が縮こまって打っているから、次はトップするんだ。思いっきり、土をえぐるぐらいのつもりで打ってみなよ」と言われる。

 言われたことを思い出しながら打ってみる、「ナイスショット」とキャディーさんが言っている。「今のは上半身の力が抜けていてすごくいいスイングでした」とのことである。いろいろ考えずに打ったのがかえって良かったみたいであった。この後もキャディーさんがスイングのチェックをしてくれて、なかなか良いショットが多く出るようになっていた。「自分のスイングに自信がもてるということがとても重要なんだな」と感じた。自分で「これで合っているのかな?」と思ってスイングしている時はたいてい失敗している。でも、「合っている」と思いながらスイングしているとだいたい良いショットが出るのである。こうしてラウンド中に多くのことを学ぶことができた。

 今回は、キャディーさんというものの存在についても学ぶところが多かった。これまでは、キャディーさんは、クラブを取ってくれたり、ボールをふいてくれたりする人だと思っていたが、全然違っていた。キャディーさんは、プレーに欠かすことのできない味方であり、コースのことからスイングに至るまで良きアドバイザーなのである。「今後またキャディーさんをつけてラウンドする時にはこのことを肝に銘じてラウンドしなければいけないな」と思った。

 今回のラウンドのスコアは157であった。これまでのラウンドに比べれば飛躍的に良くなっている。「まだまだゴルフは難しいけど、でもやった成果は出るんだな」と強く思った。「もっともっと上手くなりたい」と思いながら家路についた。

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January 07, 2005

再びクラブを握る日

 雨と雷に苦しめられたラウンドから約1年半後、再びクラブを握る日がやって来る。あのラウンドの後、結婚をし、新居にはクラブを持ってきていなかったので、もうゴルフをすることはないかもしれないという気すらしていた。そんななかで突然、クラブを握ろうという気になったのであった。これが、私のゴルフに溺れる人生のはじまりであった。

 2004年6月、1枚のプリントを職場で手にする。2年前に参加したのと同じコンペの案内であった。「ゴルフかぁ。最近クラブを見て無いなかったなあ」、「久しぶりにやってみようかなあ」と思った。「でも、結婚したばかりでお金もないしなあ、ゴルフなんて無理かなあ」と思いながら、家に帰りかみさんに相談してみると、「社会人のたしなみとしてゴルフぐらいやっておいた方がいい」というではないか。この一言でコンペへの参加を決める。2004年8月、ピートダイ・ロイヤルコースでのコンペである。

 参加を決めたもののここ最近クラブを握っていなかったので、練習をしなければという思いにかられる。でも、これまで一人で練習場に行ったことがなかったので、練習場にどうやっていったらよいのかが分からないままに、時間だけが過ぎていく。練習はした方がいいと思っているが、練習への行き方が分からない日々。やはりコンペへの参加はキャンセルしようかとすら考えた。

 そんなある日、ちょうど家の近所に二木ゴルフが開店した。とりあえず、そこに行ってみると、家の近所にある練習場の広告があった。それをもらって帰り、早速、そこに行ってみる。7月のことであった。家から自転車で15分ほどの場所である。広さは80ヤードほど、今にして思えばあまり広くはない。でも、あの当時は、こじんまりとして、しかも空いているので、のびのびと練習できる雰囲気であった。土、日で2F打席で230球1,500円だったので、安いのかは分からなかったが、毎週通うことに決める。この日は、これまでのことを思い出しながらボールを打ってみる。まったく上手く当たらない。それでいて手の皮はボロボロになっている。「ゴルフって難しい」と思いながら家に帰る。

 翌週は、このままではいけないと思いゴルフ雑誌を購入して、練習に臨む。雑誌に書いてあることを自分なりに解釈してまねをして打ってみる。でも、全然当たらない。100球に1発ぐらい良いショットが出る程度である。「やはり、ゴルフは難しい」と感じる。手の皮はさらにボロボロになっている。

 でも、雑誌を見る以外にはゴルフが上達する手段はないと考えひたすら雑誌をみながらコンペまでの練習が続くのであった。練習の成果か、アイアンは以前よりは打てるようになった気がしたまま、いよいよコンペ当日を迎える。

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January 04, 2005

益子カントリークラブ・・・ラウンド3回目

 前回のラウンドの翌月、突然3回目のラウンドが飛び込んできた。前回のラウンド以降1度も練習に行かっていなかったので、不安はあったが参加することにした。結局この後も練習に行かず終いでのラウンドである。練習に行くといっても、「一人では不安があった」し、「他の人に頼むのも悪い気がした」、というのが正直な気持ちであった。

 こうして2002年9月、3回目のラウンドである。場所は、初ラウンドを迎えた益子カントリー倶楽部icon、ここはクラブハウスもきれいただし、コースもきれいなので、個人的にはとても気に入っているコースである。今回、私は1組目のスタートであった。まあ、練習もしていないので、相変わらず地をはうようなティーショットである。今回もまたマラソン大会であった。クラブも相変わらずおなじみの7番アイアン、ピッチングそれにサンドウェッジである。

 ところで今回のラウンドは、スタート時からとても気がかかりなことがあった。ティーショットの時から、異様な曇り空、いかにも雨が降りそうな雰囲気である。それでも午前中はなんとかもったので一安心、スコアは86であった。まあ、これまでと特に代わり映えのないスコアである。

 いよいよ午後のスタート。ついに怖れていた雨が降って来てしまった。レインウェアなどはまったく準備していなかったので、ずぶぬれになりながらのラウンドである。私の自慢の地をはうショットも雨のなかではまったく通用しなくなってしまった。芝が水を含んでいるせいで、ボールが転がらないのである。

 この調子でたどり着いた17番ホール。17番ホールの途中ぐらいから雷が鳴り始めた。これは恐怖であった。隠れられるところがまったくない上に、ボールを打つために鉄の棒を振り上げているわけである。いつ雷の直撃を受けてもおかしくはない。死の恐怖を感じながらのラウンドとなってしまった。

 そして続く18番ホールでのプレー中、コースの係りの人が回ってきて、「クラブハウスに戻ってください」とのことであった。いそいでクラブハウスに戻って一安心。結局ここまでのスコアは180を越えていた。最後までプレーしたら200に迫る勢いであった。史上最悪のスコアを記録しないで済んだので、雷に感謝すべきであろうか....。いずれにしても、ゴルフの雨対策はしっかりしなければならないと強く感じたのであった。

 これでゴルフが嫌いになったというわけではないが、このラウンド以降1年間まったくクラブを握らない日が続くことになる。

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January 03, 2005

ジェイ・セレモカントリークラブ・・・ラウンド2回目

 2回目のラウンドに行ったのは、2002年8月のことである。場所は、ジェイ・セレモカントリークラブ(現ケントスゴルフクラブ)iconである。このラウンドは、職場の親睦ゴルフコンペであった。前回遅刻してしまったことを反省し、今回はゴルフ場に併設されているホテルに前泊することにした。仕事が終わるとすぐに職場から車2台に分乗し、総勢7名でホテルへと向かった。このメンバーの内、私を含めて4名が前回一緒に遅刻した人達である。

 ホテルに到着したのは、21時頃であった。早速レストランで食事と思ったが、残念ながら閉まっているとのことである。仕方がなく近くのコンビニで夕食とアルコールを買い込んで、一部屋に集まり宴会。そのまま、麻雀好きの4人が麻雀を始める。私は、麻雀はやらないので、ビールを飲みながら別の人と会話を楽しむ。だいぶ眠くなってきたので、時計を見ると2時、明日のことを考えると眠りたかったが、みんなまだ起きているので、なんとなくつきあってしまう。結局麻雀が終わったのは3時のことである。ここでやっとお開き。他の人達が麻雀をしている間にお風呂に入ってしまったので、私はここですぐに就寝。

 7時に起きて朝食に向かうがとにかく眠い。コーヒーを飲んで目を覚ますも、まだ眠い。他の人達も寝不足のせいか無口である。手早く朝食を済ませ、8時の集合に間に合うようにロビーに向かう。眠たいが、とにかく時間に間に合ったので一安心。前回一緒に遅刻したメンバーとも、「いやあ、今回は安心だ」と言葉を交わす。8時になって開会式が始まるが、司会から「高速で事故が発生しているため、遅刻者が多数います。その為パーティー割を変更します」とのアナウンスが入る。再び、一緒に来たメンバーと「前泊して正解だった」と言葉を交わす。

 さて、いよいよスタート時刻である。一応緊張してみるが、よくよく考えてみると、前回のラウンドの後一度も練習に行っていないので、上達しているわけがない。結局ティーショットは、前回と同じように地をはうようなショットであった。ここからまたマラソン大会の始まりである。手に持つクラブはおなじみの7番、ピッチングそれとサンドウェッジである。「他のクラブは買わなくても良かったのでは?」という思いが頭をよぎる。

 結局さんざん走り回ってへとへとになった今回のラウンドは、175というスコアを記録することになる。前回よりは進歩したが、それにしてもすごいスコアである。このコンペでは、キャディーさんがついてくれるが、「良く数えましたねえ」と相当なあきれ顔であった。

 さて、今回のラウンドの反省点は、睡眠をしっかりととるということである。疲れとともに眠気が襲ってくるので、段々どうでも良くなってくるのである。結局、集中力を欠いたままラウンドすることになるので、ただでさえ下手なのに、それに増してミスをすることになるわけである。そしてこれは、自分のスコアを乱すだけではなく他の人達にも迷惑をかけることになってしまうわけである。

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January 02, 2005

益子カントリークラブ・・・初ラウンド

 2002年7月、記念すべき初ラウンドを迎える。場所は益子カントリー倶楽部iconである。前日は、先輩の家に泊めてもらい、朝6時に出発した。当初は、順調に車も流れていたのだが、途中から大渋滞.....。乗り合わせていた3人も最初は落ち着いていたが次第に焦り始めてくる。私も含めて全員それぞれが通りなれている道。いつもだったら高速まで15分もあれば乗れてしまうのに、この日は1時間経ってもまだ高速に乗れないのである。結局高速に乗れたのは、先輩の家を出発してから1時間20分後、最初のパーティーに入っていた私は遅刻決定である。大急ぎで幹事に連絡を取り、車に乗っている4人を最終組とその前の組に振り分けてもらう。

 高速に無事乗れた後は、車も流れており一安心だが、4人とも口数も減り気が気ではない。「ゴルフはマナーのスポーツ、自分のスタートに余裕を持って到着するのが当たり前」だからである。「まさか初ラウンドで、しかもいきなりこんなミスを犯すとは.....」、悔やんでも悔やみきれず、もう気持ちはゴルフどころではない。とにかく一刻もはやく到着しなければ。他の3人も、同じ気持ちのようだ、そしてその気持ちがそれぞれにイライラした気持ちへと変わっていく。「こっちから行った方が近い」とか、会話がだんだん口論のようになってしまい、車の中の雰囲気は最悪である。

 そして最悪の雰囲気のまま、ゴルフ場へ到着。私は、最終組の1つ前の組に割り振られていたが、それでもスタートの10分前であった。キャディーバッグを降ろすと同じ組に割り振られている人とロッカールームへと急いで向かい、準備を整え、カートへと向かう。待っていてくれた人たちにとにかく謝るだけである。こんな私たちを笑顔で許してくれたので、大感謝であった。

 心の準備も何も整わないままいよいよティーショットを迎えた。とにかく心を落ち着かせてドライバーを振ってみた。カーン、何ともいえない音ともに地をはうようなボールが前へと飛んでいった。飛んでいったというよりも転がっていったというべきか。それをみた私は「やった、当たった」と言っていた。とにかく前へボールが進んだだけでも大喜びなのである。

 ここからいよいよ私の初ラウンドは、ゴルフではなくマラソン大会へと化していく。手には7番アイアンとピッチング、それからバンカーに入ったときの為にサンドウェッジを持って、とにかくダッシュである。打つ球打つ球、全てが地面を転がっていく。ただ一つついていたことと言えば、ボールが飛ばないで転がるだけなので、前へはちゃんと進めていたということだ。

 ひたすら走り回ってへとへとになったところでハーフが終了。昼食のためにクラブハウスに戻り、そこにいた到着した時に会えなかった人たちに謝って回る。みんな笑顔で許してくれた。本当に大感謝だ。初めてのゴルフ場での昼食は、とてもおいしく大満足。「ゴルフ場の食事は、遊園地やなんかの食事と同じようなものだろう」と思っていただけに、そのおいしさに驚かされた。

 さて、午後のラウンドである。午後も午前同様マラソン大会であった。ティーショットが終わると7番とピッチングとサンドウェッジを持ってひたすらダッシュ。ただこんななかでもうれしいショットがあった。池越えのホールで池の手前からのショット。自分としては池に落ちるのを覚悟して打ってみた。いつも通りの地をはうボールが飛んでいった。なんと....、池の上をはうようにしボールが進み見事にグリーンに乗ったではないか。一緒に回った人たちもびっくりしながらも、笑いながら「ナイスショット」と言っていた。「いやあ、こういうこともあるんだなあ」と感じた。

 で、結局スコアは、周りの人たちから「よく数えたね」といわれる187であった。187、これが人生最初のゴルフでだした記念すべきスコアである。このラウンドでとにかく反省すべき点は、スタート開始時間には絶対遅れてはいけないということを身をもって体験してしまったということだ。そして、この反省はこの翌週の職場のコンペで大きくいかされることになる。

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January 01, 2005

初めてのゴルフ道具選び

 練習にも行って、ゴルフというものを少しだけ体験してみたらなかなかおもしろそうである。当初は、「クラブは誰かに借りて初ラウンドに臨もう」と考えていたが、結局自分のクラブを揃えることにした。この時私は、「ゴルフはつきあい程度、とにかく安く済ませたい。できれば1万円ぐらいで」と考えていた。

 というわけで、一路御徒町へと向かう。まず、新品のクラブがいくらぐらいするのかを見てみると、ドライバーだけで7万程、アイアンはセットで10万以上、とても買えそうにない。「うーん、中古でみてみよう」と思ってみてみるが、中古でもドライバー2〜3万、アイアンでも5万ぐらい、「やっぱり1万では無理なのかなあ?」と思いながら、二木ゴルフにたどり着く。お店の横が中古クラブコーナーになっているので、覗いてみるとあったあった、格安のクラブが。

 早速、物色してみると『ドライバー500円〜』という張り紙。「安くて、格好いいドライバーがいいなあ」と思いながら探していると、青くて格好いいドライバーを発見。しかも、値段は1,500円ととても格安だったので、ドライバーはこれに決定する。そのドライバーは、プロギアのドライバーであった。名前は忘れてしまったが、一時期流行ったドライバーだそうで、「いろいろな人からいいドライバー使っているね」と言われることになる。

 続いてアイアンを探すが、これを予算内に収めることが難しい。いくら安いものでも2万円はするからである。しかし、しぶとく探していると『アイアンセット7,000円』とあるではないか。今にして考えればすごいクラブの選び方であるが、当時としては大喜びである。「やったぁ、これに決めた」と思いすぐに購入決定。リンクスのアイアンでUSAモデルの3番〜9番、PW、SWのセットであった。

 最後は、パター。「パターなんて最後にちょっと使ってカップに入れるだけなので、なんでもいいや」と思いながらも、何を買ったらいいのかが分からないので、店員さんに相談してみた。すると何本かパターを振ってみるように言われ、振ってみた。しばらく様子をみていた店員さんが、「これがいいよ」と言って決めてくれる。ピンタイプのパター1,500円である。

 この当時は、フェアウェイウッドやユーティリティーなんて知らなかったので、これらの決定は全くしなかった。それよりも今にして思えば、『ウッド500円〜』というコーナーも探していたので、ドライバーと勘違いしてフェアウェイウッドを買っていた可能性もあったわけである。本当に無知というのは恐ろしい。

 何はともあれ、クラブだけでちょうど1万円。大満足である。後は、キャディーバッグを新品のセールで見つける。ブリヂストンのキャディーバッグで5,000円というのがあったので、これに決定。ちなみに、この時に買ったゴルフグッズで現在も使っているのは、このキャディーバッグだけである。それから帰りがけにゴルフシューズが必要なことに気が付き、ゴルフシューズも『お買い得品』の中から探し出す。3,500円、これもなかなか安く他に選択肢がなかったので、すぐに決定。

 結局ほとんどの物を18,500円で揃えることができたので、「大成功大成功。ゴルフ道具はこれで一生やっていこう」とまで思うほどの大満足である。「ゴルフは道具じゃない。自分の腕だ」とも思いながら、初ラウンドを迎えることとなる。

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